駒場キャンパスからの留学

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イタリアと食文化・農業・共同体  
石 晴佳(文I・2年)

 私は食べることが嫌いではない。どちらかといえば好き。でも、おいしくないものを食べることはとても嫌いだし、おいしくないものを食べるくらいなら食事はなくてもいいと思う。食べ物が豊富な時代の日本に生まれ、食べ物に何の不自由も感じずに生きてきているから、いつもおいしいものを食べられるのは当たり前の環境に育った。でもよく考えてみると、おいしいってなんだろう?人間は食べないと生きていけないのだから、食べ物なら何でもおいしいのではないか?いや、そんなことはない…舌の受容体で、ある味成分を受容しても、味覚は主観的なものだから人によって認知するものは違う…でも私の舌はバカみたいに選り好みが激しいし、人一倍、いやもっと、おいしいものでないと受け付けない。人の味覚や好みというものは不思議だ。そして、自分の選り好みの激しさには本当に辟易している。
 幸い、そんな好き嫌いの多い私でも、イタリアンは好きだった。おいしいものが好きすぎるから、食に対する興味と関心は人一倍あった。他の文化圏の人々は何を、どのように生産し、食べて、生きているのだろう…。私の知っている「食」と何が違って、何が似ているのだろう。外国の食の実態を生産現場から食卓まで、現地に行って、五感を使って体感してみたかった。異国での新たな発見や新鮮な驚きを期待して、食に対する飽くなき探求のため、イタリアへ向かった。
 最初に言っておくが、イタリアの食事が必ずしも私の口に合うものであった訳ではなかったし、日本で食べられるイタリアンに比べても正直にいえば、普通だった。それは、自分の普段の選り好み食生活を考慮すると最初から想定はついていた。ただ、味がどうだこうだということを全く超越した経験をすることが出来た。それは、一つにはイタリアで食べたすべての食べ物や料理から、私がイタリア人の、「郷土に対する強い思い、こだわり」を感じ取ることが出来たことにまとめられる。

 今回学んだことは書き尽くせないほどにあるが、この研修を三つの側面から振り返ってみたい。一つ目は、食を生産する現場の側面、二つ目は食材や料理を提供する現場からの側面、三つ目は食を楽しむ人々からの側面である。
 まず、一つ目、食材を生産する現場を体験したことについては大学の研修でない限り体験できないような貴重なものであった。私たちは、パルマでパルミジャーノレッジャーノの工場とパルマハムの工場を訪問した。パルミジャーノレッジャーノチーズとパルマハムは、パルマの風土を活かし、伝統的な手法を守っている、イタリアでも数少ない工場で作られていた。職人技が大切なようで、一人前になるためには30年以上かかるらしい。また、パルマの、牛を飼育しているアグリツーリズモに宿泊することで、チーズの原材料となる牛乳が作られている場所を住むように体験することができた。さらに、社会農園や市街から近い農耕地を持つアグリツーリズモを訪ね、イタリアの農業の様々な側面を垣間見ることができた。
 次に、二つ目、食材や料理を提供する側について現地では、いわゆる観光地的なところに行くのではなく、実際にイタリアに住む人たちが行くような場所へ行けたことが興味深かった。私たちは、トリノやボローニャでマーケットを視察した。そこは、イタリアで生活している人々の活気に満ち溢れた台所であった。また、私たちは、北イタリアの五つの都市に滞在し、現地のレストランでランチやディナーを楽しんだが、どの都市の料理も、その土地の名産や伝統的な調理法による、何故か落ち着くような、あたたかみのあるものであった。これはイタリアの食事が強い地域色を帯びたものであることを感じさせた。
 さらに、三つ目の食を楽しむ人々の側について、私たちは二つの新たな知見を得ることが出来た。まず、一つの知見は、スローフード運動のスピリチュアル的な食事に対する考え方である。私たちは、一つの食に対する姿勢を世界に発信しているスローフード協会によって創設された、食科学大学を訪れた。そこでは味覚の実験や、ピエモンテ料理の調理実習を行い、さらに、そこで食科学大学の理念や教育についての講義を受けた。食に対する強い熱意やこだわりが感じられて、とても感心した。食科学大学で学んだ食に対する思想や流儀は、ある一側面的なものに過ぎないけれど、私たちがこれから食に対して積極的、能動的に関わっていくための糧となり得たと思う。二つ目の知見は現地のレストランで食事をしているときに感じたものだ。それは、イタリア人は食事を気の置けない仲間や家族と語らいながら、ゆったりと食事をとっている様子から、生活の中の食を大事にしていて生きることを楽しんでいるように感じたことである。このことから、日々のさまざまなことに忙殺されず、食べるという身近なことからゆとりを持つことが、生活の中に安らぎを与えてくれるのかもしれないと思った。

 今回の研修で学んだことは決して食のことだけではない。様々な人種の人々が、私になじみない言語を使って行きかう喧騒の中で、私はたくさんの人々の「生」や各々異なる「文化」を身を持って感じることができた。また、様々な人と出会い、お互いに会話をし、関わることが自分のイタリアでの学びに更なる深みを加えた。例えば、ミラノ大学の学生と交流することで、各文化の相違を学び、自分の日本に対する見方を再確認した。また、在ミラノ領事館の富永さんにお話を伺うことで、イタリアに対する新しい知見を得るが出来た。さらに、大澤先生やメンバーのみなさんとたくさん議論し、意見を交換することは、私が自分の考えや意見について今までとは違う見方が出来るようになる刺激的な経験であった。毎度の食事や観光など、11日間共にし、最後には別れることが惜しいくらいとなったメンバーの皆さんと、この素晴らしい研修を企画して下さった大澤先生にはここで深く感謝の意を述べたい。
 日本とは別の食文化圏を、イタリアで五感を使って学び、その相違に気付いたり、非日常的な空間で様々な人との「生」を垣間見たりすることは、私を異文化に対する更なる学術的興味の世界へ誘い、さらに、食べること、即ち「生きること」の意味を考え直させる経験となった。この経験を活かし、これからも食や他国の文化に幅広く興味と関心を持ち、積極的に異文化に関わっていくことでグローバル的な視点が持てる人になりたい。

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