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国際研修体験報告

2015年Sセメスター/S2ターム

中国

中国国際研修の報告は、下記Facebook上に詳細な活動報告が掲載されています。
https://www.facebook.com/TODAI-Liberal-Arts-Program-213511472044281/timeline
 

イタリア

「イタリア語・イタリア文化海外研修」報告 吉村裕輝(文I・2年)
 2015年8月、私を含めた東京大学の学生16名はイタリアへと向かった。私たちは、教養学部で開講された主題科目、「国際研修」のイタリア語イタリア文化海外研修に参加した。私がこれに加わりたいと思った理由は二つある。まず、第二外国語として選択したイタリア語が、一年半の勉強を通じてどれほど使いこなせるようになったのか、知りたかった。そして、自分が未だかつて海外へ渡ったことが無いことに妙な焦りを覚え、どこか外国へ、できれば言葉が片言なりとも通じる国へ行くことに憧れを抱いていた。
 イタリアでは、言語を学ぶのみならず、他の文化を直接体験することで、自らの視野をより広く、より国際的なものとすることができた。このような機会が得られたことに感謝しつつ、現地で学習していて感じたことや、現地で訪れた様々な場所について報告する。
 イタリアは全体で三つの部分に分けられている。北部、中部、南部である。そして中部といわれる各州のうち、中央に位置するのがウンブリア州であり、その州都が、今回私たちが生活したペルージャである。
 私たちは一か月の間、ペルージャ外国人大学(写真)へ通った。入学者は授業を受け始める前にテストを受け、その結果によって6つのクラスに分けられる。私の場合、上から三番目のクラス、B2に相当すると認められた。もっとも、本来は筆記と口頭の二本立てのはずのテストが筆記のみしかなく、後で考えるとずいぶん大雑把な分け方だったのではないかと思う。
 授業は文法、演習、リスニング、イタリア文化学習の4つに分かれている。このうち演習の授業に関して、私は大変苦労した。演習の授業は毎回先生があるテーマを定め、それについて学生と、もしくは学生間で、討論する形で行われた。この授業で印象的だったのは、皆が(特にヨーロッパ出身の学生が)明確な根拠にもとづいて自分の意見を主張していたことであった。彼らは幼いころから積極的にそのように振る舞うよう、学校などで教育を受けて育っている、と聞いてはいたが、実際に対話してみると彼らの勢いに呑まれ、十分に議論することができなかった。最も悔しかったのは、原子力について話し合ったときである。私は広島出身であり、被爆地出身の者として、また原発事故の当事国の国民として、議論に積極的に参加すべきだという責任感を持っていたので、先生や他の学生に対して努めて意見を述べ、議論をしようとした。しかし、数分もたたぬ間に言葉に詰まりがちになり、結局は「Si.(その通り。)」を繰り返すだけとなってしまった。
 今となっては、思うように意見を発信する練習を日本で積んでいれば、と強く後悔する。また、日本での学習のときは、文法を必死になって憶える一方、語彙を増やすことについては後回しにしがちであった。渡航前に一通り、単語集にでも目を通しておけばよかった、とも思う。  さて、現地に行って言語を学ぶということは、大変愉快で興味深いことである。スーパーに行けば、名詞が自分の知っている数倍は覚えられるし、先生や友人、町の人々と話すのは動詞を次々と活用させる絶好の練習機会である。教会の壁に書かれている言葉からは、現代イタリア語へと連なる数百年の言葉の歴史を目の当たりにできるし、サッカー場では日本にあるどのテキストにも載っていない俗語parolacceが飛び交っている。そのように現地で五感を使い「採集」した言葉は、なかなか頭から離れてゆかないものだ。友人と話していて言いたいことが上手く伝わらなかったとき、良くその意を捉えた表現を探し、再び会ったときに使ってみて、相手に笑顔が浮かんだときは本当にうれしかった。逆に、意気揚々とイタリア語で話しかけたにもかかわらず、途中から会話についていけなくなり、結局英語でコミュニケーションする羽目になったときは、たいへん悔しい思いをした。
 週末にはペルージア市街、そしてその周辺の様々な場所へ出かけた。ペルージャの歴史は古く、大学の建物のすぐ真横で紀元前3世紀にエトルリア人が建設した巨大な門が威容を誇っている。旧市街には荘厳な教会が数多く残っており、それらを目当てにやってくる観光客も多い。巡礼の聖地として名高いアッシジには、外国人大学側が用意してくれたツアーで行くことができた。私にとって最も思い出深いのは、ペルージャの西にあるトラジメーノ湖(写真)である。様々な事情で一人旅(といっても日帰りだが)をすることになり、数多くのスリリングな体験を経て、自分が少し成長したかな、という実感を持った。紙幅の関係で多くを記せないのが残念である。
 最後に、この研修を準備して下さった村松先生、日向先生、澤柳先生、ペルージャ外国人大学のFarinelli先生、そして費用を援助してくれた両親と、この研修を何倍にも楽しくしてくれた日本とイタリア双方の友人たちに感謝の意を表しつつ、筆を置く。

イタリア吉村さん

イタリア吉村さん2

「イタリア語・イタリア文化海外研修」報告  吉田達見(理 II ・2年)
 今回のイタリア研修では語学能力の向上にとどまらず、多くのことを学ぶことができました。普段の生活や課外活動などを通じて、都市や文化の違いについて考える機会を得られ、有意義な研修となりました。加えて今回の研修が私にとって初めての渡航であったこともあり、今後の自分の進路や考え方に大きな影響がもたされたように感じます。
 イタリアでいくつかの都市を巡る内に気がついたのは、都市の構造の違いです。大学のあるペルージャはイタリア中部の都市ですが、イタリア中部は山や丘が多いためか都市間は非連続的で家屋がほとんどみられません。さらに多くの都市は麓と頂に二分されていて、麓側は高層建築などもみられる近代的な街並みであるのに対し、頂側は石造りの古い建造物で構成される市街でした。しかしイタリアの北部へ向かうほど、そして都市が大きくなるほどこの傾向は消えていき、都市の境界は次第に曖昧になっていきます。北部の都市ボローニャではまだ旧城壁の内外で建造物の住み分けがされており、高層建築や大型公園などは城壁外に配置され、内部は昔ながらの景観を維持していましたが、北部の大都市であるミラノになると、建造物の形や色に統一感があまりみられず、城壁の内外の区別もほとんどつきませんでした。また国籍も都市の地理および規模とともに多種多様さを増していきました。
 ところでグローバル化という言葉は現在の世界における重要な言葉を持ちますが、果たしてそれは容易に受け入れていいものなのでしょうか。グローバル化に合わせて人種、文化、思想などあらゆる点で社会間の融合が進み、そして融合の衝撃は社会という複雑系システムの中に不安定性を与えると思われます。上で述べた都市の変化も同様で、国籍などの異なる社会との交流が多い大都市ほど歪で統一感の無い印象を受けたのは、それほどその都市の輪郭とでも言うべき境界が変化しつつあるからではないでしょうか。
 大学のような国際的な環境に所属する私たちは、無意識のうちにグローバル化に肯定的な立場になってしまいがちです。しかし批判的な視点を常にもつ姿勢が、グローバル的な視点が重要な今こそ意識するべきだと感じました。その上で言語を学ぶ、留学するなどの手段を通じて共有する要素を増やしていくことは、単なる理解ではなく人々の共鳴につながり、集団の融化および安定化を促進するでしょう。今回のような研修は異社会へと深く接触する貴重な機会であり、これからも多くの方が積極的に参加することを願っています。

ドイツ

EUの現状と課題 ――地域統合についてEUから学べること―― R. S. (文III・1年)
 ドイツ西部ルクセンブルクやベルギーに近いOtzenhausenを拠点に、8月2日から8月12日の11日間滞在した。ボン、ブリュッセル、ルクセンブルクそしてトリーアの4カ所を訪れ、Otzenhausenでの大学教授や元欧州委員会の職員などによる講義、講義に関連したワークショップ、実際にEUが使用している機関への訪問及びそこの職員による講義など、多くの貴重な経験をした。今回のテーマである「2015年のEUと東アジアの地域統合と提携」に沿ったアクティビティが設けられ、政治や経済、法律など多角的な視点でEUを眺めることができた。
 今回は合同のプログラムに参加している韓国の梨花大学の大学院生と、ベルギーのゲント大学の学生との交流の場もあり、午前と午後に行われる講義の後の自由時間には地元のフェスティバルに行ったり、広場でバドミントンしたり、これらの大学の学生とも親睦を深めた。またボンやトリーアなどへの遠出の際には歴史的な建築物を見たり、若干ながらご当地フードを堪能したりというカジュアルな経験もできた。
 ギリシャ経済危機やシリア難民の受け入れ問題など、現在EUは大きな問題への対応を迫られつつある。日本という地理的に孤立した国に住み、ユーラシア大陸の反対側にいる我々は、EUという存在をえてして抽象的にしか把握できていない。このESAでの、経済、政治、法律、環境など多岐にわたる分野の講義を通して、地域統合が二度の大戦の反省に基づいた平和と反映を希求するいかに膨大な営みであるかを実感した。また、実際にブリュッセルやルクセンブルクでEUの主要な機関という「現場」を訪問して話を伺うことで、自分の中でEUが薄っぺらな「教科書の中の存在」から、少なくとも「実体」を感じる何かへと変貌した。
 また、期待以上の経験が、参加者との交流から得られた。日本人や韓国人・ベルギー人のみならず中国人、インド人やタンザニア人などもメンバーに参加しており、非常に国際的であり、かつ各個人が多様なバックグラウンドを持ち、さらに全体が総勢37人と言う比較的少人数のチームであったことで、いろいろな考え方や意見が共有されることとなり、さまざまな意味でいい刺激を受けた。また、参加年代が大学院生から一年生までと幅広いため、一年生の私にとっては参加者全員が先輩であり、様々な彼らの豊富な見識と接するだけでも参考になることが多かった。
 ESAを通じて、EUに関する理解が深まっただけでなく、このプログラムを通して出会った学生からいい刺激を受けることができた。今後、ESAで得たEUの知識を活かしながら、欧州とは地域統合への歴史・地政学・文化価値共通度の異なるアジア地域でどのような地域統合が可能かについてより深く考えてみたいと思う。

ドイツ報告写真

ドイツ報告写真2

ドイツ報告写真3

ギリシャ・フランス

学問としての「オリンピック」
飯田大雅(理I・1年)北岡佑太(文I・1年)三枝弘幸(文III・2年) 佐々木奈乃子(文III・1年)佐藤拓哉(理II・2年)田中祐奈(文II・1年) 内藤祥平(理I・1年)野田隆(文I・1年)長谷川璃星(理II・1年) 三浦崇寛(理I・1年)森昌史(理III・1年)保井龍太郎(文III・1年) 横井敦(文II・2年)渡邉春香(文III・1年)
 私たちが履修した国際研修科目「学問としての『オリンピック』」は、駒場キャンパスでの事前講義とギリシャとフランスでの海外研修のふたつの部分から構成されていました。
 事前講義では、古代オリンピックの実態、オリンピックの哲学的考察、オリンピックを題材としたギリシャ芸術、オリンピック競技の動作分析、近代におけるオリピックの「復興」と展開について専門の先生からの講義を受けました。これらの講義から得た学問的な知見によって、これまで漠然とテレビで観戦していたオリンピックに対する私たちの見方が大きく変わりました。単なる国際的なスポーツの祭典の背後にある知の営みの一端を学ぶことができたからです。
 8月30日から9月9日まで、私たちはギリシャとフランスでの研修に臨みました。ギリシャでは、アテネ大学の先生の講義を聴講したのち、オリンピック関連の様々な場所を訪れました。古代オリンピックが開催され、今日ではオリンピック開催ごとに採火式が行なわれるペロポネソス半島のオリンピアの遺跡では、古代の競技場で実際に徒競走をしました。マラソン伝説の発祥となったマラソンも訪問しました。アテネでは第1回近代オリンピック大会が開催された競技場に行き、ここでもまた徒競走をしました。アテネ大学などのギリシャの大学生との討論交流会も楽しく実りあるひとときでした。
 在アテネ日本大使館の西林万寿夫大使のご好意により、大使公邸でのギリシャのオリンピック関係者との夕食懇談会に招待されました。ギリシアオリンピック委員会委員長カプラロス氏や、1964年の東京オリンピック開催時、オリンピアからの最初の聖火ランナーで旗手を務めたマルセロス氏とお話しするというとても幸運な機会に恵まれました。
 フランスでは、ルーヴル美術館を訪れ、実際のギリシャ彫刻を鑑賞しました。講義でさまざまな写真を見ていましたが、実際の彫刻からうける迫力は強烈で、思わず息をのみました。オリンピックは開催国の文化の発露の場でもあるという視点から、2020年の東京オリンピック開催を見据えて、INALCO (フランス国立東洋言語文化研究所)の学生とは、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』と日本のポップカルチャーを題材にして、日本の伝統文化と今日の文化の共存のあり方について討論しました。フランス人学生が、日本文化に対して非常に深い理解と親しみを持っていることに驚き、うれしく思いました。 
 この授業を履修して、多くのことを学びました。駒場キャンパスでの講義とギリシャ・フランスでの現地での体験を通して、オリンピックを教養としての知の文脈の中に位置づける視点を、自分たちなりに獲得できました。オリンピックとは直接関係がありませんが、何がグローバルな人材に必要かも学びました。ギリシャとフランスで、現地の言葉を少しでも話すことで、現地の人たちは非常に親しい態度で接してくれました。英語だけ話していたらただの外国人扱いで終わってしまいますが、現地の言葉であいさつするだけで、現地の人たちは心を開いてくれるのです。グローバル化とは英語化であってはならないと実感しました。それぞれの国の言語とそれを支える文化を尊重する姿勢を私たちは忘れるべきではありません。外国人と交流する際に最も重要なのは、自分の意見をしっかり持つことだということも学びました。そのためには、大学生活を通して、基本的な知識と教養を身につけることが本当に大切なのだと感じました。すべての科類の学生が、一緒にこの授業に参加できたことで、物事に対するそれぞれの異なる見方がよいかたちで影響しあい、お互いを知的に刺激できたこともとてもよかったと思います。
 この授業に携わってくださった先生方、特に、授業も引率も担当してくださった澤柳先生、ギリシャとフランスで出会ったたくさんの人たちへのお礼の言葉で、私たちの報告を終わりにします。 ありがとうございます。 Ευχαριστώ πάρα πολύ. Merci beaucoup.

オリンピア徒競走

INALCO討論会

アテネ懇親会