国際体験報告2015

Aセメスター

イタリア

イタリアと食文化・農業・共同体
石 晴佳(文I・2年)

私は食べることが嫌いではない。どちらかといえば好き。でも、おいしくないものを食べることはとても嫌いだし、おいしくないものを食べるくらいなら食事はなくてもいいと思う。食べ物が豊富な時代の日本に生まれ、食べ物に何の不自由も感じずに生きてきているから、いつもおいしいものを食べられるのは当たり前の環境に育った。でもよく考えてみると、おいしいってなんだろう?人間は食べないと生きていけないのだから、食べ物なら何でもおいしいのではないか?いや、そんなことはない…舌の受容体で、ある味成分を受容しても、味覚は主観的なものだから人によって認知するものは違う…でも私の舌はバカみたいに選り好みが激しいし、人一倍、いやもっと、おいしいものでないと受け付けない。人の味覚や好みというものは不思議だ。そして、自分の選り好みの激しさには本当に辟易している。

幸い、そんな好き嫌いの多い私でも、イタリアンは好きだった。おいしいものが好きすぎるから、食に対する興味と関心は人一倍あった。他の文化圏の人々は何を、どのように生産し、食べて、生きているのだろう…。私の知っている「食」と何が違って、何が似ているのだろう。外国の食の実態を生産現場から食卓まで、現地に行って、五感を使って体感してみたかった。異国での新たな発見や新鮮な驚きを期待して、食に対する飽くなき探求のため、イタリアへ向かった。

最初に言っておくが、イタリアの食事が必ずしも私の口に合うものであった訳ではなかったし、日本で食べられるイタリアンに比べても正直にいえば、普通だった。それは、自分の普段の選り好み食生活を考慮すると最初から想定はついていた。ただ、味がどうだこうだということを全く超越した経験をすることが出来た。それは、一つにはイタリアで食べたすべての食べ物や料理から、私がイタリア人の、「郷土に対する強い思い、こだわり」を感じ取ることが出来たことにまとめられる。
 
今回学んだことは書き尽くせないほどにあるが、この研修を三つの側面から振り返ってみたい。一つ目は、食を生産する現場の側面、二つ目は食材や料理を提供する現場からの側面、三つ目は食を楽しむ人々からの側面である。

まず、一つ目、食材を生産する現場を体験したことについては大学の研修でない限り体験できないような貴重なものであった。私たちは、パルマでパルミジャーノレッジャーノの工場とパルマハムの工場を訪問した。パルミジャーノレッジャーノチーズとパルマハムは、パルマの風土を活かし、伝統的な手法を守っている、イタリアでも数少ない工場で作られていた。職人技が大切なようで、一人前になるためには30年以上かかるらしい。また、パルマの、牛を飼育しているアグリツーリズモに宿泊することで、チーズの原材料となる牛乳が作られている場所を住むように体験することができた。さらに、社会農園や市街から近い農耕地を持つアグリツーリズモを訪ね、イタリアの農業の様々な側面を垣間見ることができた。

次に、二つ目、食材や料理を提供する側について現地では、いわゆる観光地的なところに行くのではなく、実際にイタリアに住む人たちが行くような場所へ行けたことが興味深かった。私たちは、トリノやボローニャでマーケットを視察した。そこは、イタリアで生活している人々の活気に満ち溢れた台所であった。また、私たちは、北イタリアの五つの都市に滞在し、現地のレストランでランチやディナーを楽しんだが、どの都市の料理も、その土地の名産や伝統的な調理法による、何故か落ち着くような、あたたかみのあるものであった。これはイタリアの食事が強い地域色を帯びたものであることを感じさせた。

さらに、三つ目の食を楽しむ人々の側について、私たちは二つの新たな知見を得ることが出来た。まず、一つの知見は、スローフード運動のスピリチュアル的な食事に対する考え方である。私たちは、一つの食に対する姿勢を世界に発信しているスローフード協会によって創設された、食科学大学を訪れた。そこでは味覚の実験や、ピエモンテ料理の調理実習を行い、さらに、そこで食科学大学の理念や教育についての講義を受けた。食に対する強い熱意やこだわりが感じられて、とても感心した。食科学大学で学んだ食に対する思想や流儀は、ある一側面的なものに過ぎないけれど、私たちがこれから食に対して積極的、能動的に関わっていくための糧となり得たと思う。二つ目の知見は現地のレストランで食事をしているときに感じたものだ。それは、イタリア人は食事を気の置けない仲間や家族と語らいながら、ゆったりと食事をとっている様子から、生活の中の食を大事にしていて生きることを楽しんでいるように感じたことである。このことから、日々のさまざまなことに忙殺されず、食べるという身近なことからゆとりを持つことが、生活の中に安らぎを与えてくれるのかもしれないと思った。
 
今回の研修で学んだことは決して食のことだけではない。様々な人種の人々が、私になじみない言語を使って行きかう喧騒の中で、私はたくさんの人々の「生」や各々異なる「文化」を身を持って感じることができた。また、様々な人と出会い、お互いに会話をし、関わることが自分のイタリアでの学びに更なる深みを加えた。例えば、ミラノ大学の学生と交流することで、各文化の相違を学び、自分の日本に対する見方を再確認した。また、在ミラノ領事館の富永さんにお話を伺うことで、イタリアに対する新しい知見を得るが出来た。さらに、大澤先生やメンバーのみなさんとたくさん議論し、意見を交換することは、私が自分の考えや意見について今までとは違う見方が出来るようになる刺激的な経験であった。毎度の食事や観光など、11日間共にし、最後には別れることが惜しいくらいとなったメンバーの皆さんと、この素晴らしい研修を企画して下さった大澤先生にはここで深く感謝の意を述べたい。

日本とは別の食文化圏を、イタリアで五感を使って学び、その相違に気付いたり、非日常的な空間で様々な人との「生」を垣間見たりすることは、私を異文化に対する更なる学術的興味の世界へ誘い、さらに、食べること、即ち「生きること」の意味を考え直させる経験となった。この経験を活かし、これからも食や他国の文化に幅広く興味と関心を持ち、積極的に異文化に関わっていくことでグローバル的な視点が持てる人になりたい。
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マレーシア

「多民族・多文化共生社会を学ぶ」 
長谷川皓祐(文III・1年)

主題科目「多民族・多文化共生社会を学ぶ」は、駒場キャンパスでの事前研修と現地での研修を通して、マレーシアの宗教・民族・文化などにおける多様性と、とりわけイスラームに関わる産業について理解を深めることを目的としていました。ただ、運の悪いことに、マレーシアでテロの危険性が高まっていることをうけ、3月6日から13日に予定されていた現地研修は中止になってしまいました。マレーシア当局の協力の下に作られた魅力的で手の込んだ研修プログラム(現地大学の訪問やマレーシア元首相マハティール・モハマド氏との対談など)だっただけに、非常に残念でしたが、担当の澤柳奈々子先生をはじめ、多くの方々が事前研修や代替授業を楽しく密度の濃いものにして下さり、大変充実した時間を過ごすことが出来ました。

私たちは、研修を通して主に3つの学びを得ました。第一に、私たちはイスラームについての知識を深めることが出来ました。何かと問題視されがちなイスラームですが、その成り立ちや現状を丹念にたどってみると、とても人間的・論理的で親しみを持てるような考えのもとに成り立っているということが分かりました。例えば、ムスリムは年に一度ラマダン月に断食を行いますが、これは貧者の気持ちを理解するために行われるもので、日没後には喜捨と呼ばれる富裕層からの寄付によって食事が振る舞われることもあるのです。また、代々木上原にあるモスク、東京ジャーミィを見学した際は、荘厳な礼拝堂を前に心が洗われるような思いでした。一方、明治大学教授の佐原徹哉教授をお招きしての講義では、イスラム国(IS)によって世界規模に拡大し日常化するテロの脅威について学びました。

第二に、マレーシアの民族にとらわれない国家の在り方を学ぶことで、民族や文化の多様性について理解することが出来ました。6割のマレー系住民、3割の華人、1割のインド系住民、その他少数民族が一国に暮らすマレーシアには、多様性が織り成す様々な状況があります。それは、単に文化的なものだけでなく、政治・経済など一見民族には関係がないように思われる分野にまで及びます。株式会社ニューズピックスのグローバル・ストラテジスト川端隆史氏は、民族党が複雑に絡み合い、民族の融和へと進みつつあるマレーシアの政治状況について話して下さいました。民族多様性は日本ではあまり意識しないことであり、一つ一つの話が新鮮に感じました。

最後に、マレーシアにおいて発展が著しいハラル産業やイスラーム金融についての理解を深めることが出来ました。特にハラル産業については多くのことを学びました。イスラームには、豚肉を食べてはならないといった食物に関する戒律があるため、その戒律に適した食品(これをハラルと言います)の認証が一大ビジネスとなっており、マレーシアはその産業の中心地です。マレーシア・ハラル・コーポレーション代表取締役のアクマル・アブ・ハッサン氏によると、日本もこのハラル認証ビジネスを、日本を訪れるムスリムに安全基準を提供するという、いわばおもてなしとして振興していく必要があるということでした。まずは2020年の東京オリンピックを一つの区切りとして、ムスリムを始めとする海外の人々を受け入れる態勢を構築することが必要だと感じました。

繰り返しになりますが、現地での研修が叶わなかったにも関わらず、私たちが多くを学 ぶことが出来たのは、澤柳先生やご協力頂いた多くの方々のお蔭です。感謝の意を表して、報告文の結びとさせて頂きます。
マレーシア2015_01マレーシア人アクマル氏による「ハラルと日本社会」の講義
マレーシア2015_02代々木上原のモスク東京ジャーミー訪問
マレーシア2015_03代々木上原のモスク東京ジャーミー訪問

メキシコ

メキシコ国際研修・古くて新しいメキシコの豊かさを知る
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オーストラリア

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シドニー大学英語(上級)研修 
A. S. (理III・1年)

今回の研修には澤柳先生・佐藤さんの引率のもと、39名が参加しました。主な目的はシドニー大学の語学学校であるCET(Centre for English Teaching)のプログラムに1月11日から1月22日の2週間参加することでした。  私たちは事前に駒場で行われたテストに基づき、1クラスのGeneral English(GE)と5クラスのGraduate Academic Skills(GAS)という二つのコースに分けられました。1クラスの東大生は7人以下で、 私はGASに参加しました。<br />

GASは夏休みの間5週間行われる、主に次の学期からシドニー大学の修士課程に進む学生向けのプログラムでした。私たちはその2週目と3週目に部分的に参加させてもらいました。

授業は、論文を読んでその信頼性を評価し、考え、リテラチャー・レビューを書き、それについてプレゼンテーションをクラスで行い、自分の考えを発展させてエッセイを書くことを目標にしていました。その都度ディスカッションをしながら授業を進めていくのが新鮮でした。クラスには英語のネイティヴではないアジア出身の人が多く集まっていました。東大生とは違う点にたくさん刺激を受けましたが、私は特にプレゼンテーションのうまさに驚きました。他の国出身の学生と知り合い、仲を深められたのはよかったと思います。 GE,GASの授業は午前で終わり、午後は私たちのためにCETが用意してくれたプログラムに参加しました。具体的には、シドニー大学内ツアー、国際コミュニケーションスキルや問題解決能力を高めるためのワークショップ、シドニー大学学生による午前中の授業のサポート、シドニー大学の先生のオーストラリアの歴史・先住民の人々に関する講義、オーストラリア博物館の見学などがありました。

授業や特別プログラムがあったのは平日だけで、夕方や土日は完全に自由行動でした。各々シドニーの観光を楽しむことができました。タロンガ動物園・ボンダイビーチ・マンリービーチ・ブルーマウンテンズが人気でした。<br />

平日午後の自由時間には引率のお二人が企画してくださったイベントも二つありました。1月13日にはオペラハウスで『ラ・ボエーム』を鑑賞しました。1月15日にはダーリング・ハーバーの近くのバーでシドニー淡青会の方々と交流することができました。どちらもまたとない貴重な経験でした。

ひとりひとりが今回の研修での様々な体験を通して何か得られるものがあったのではないかと思います。最後になりましたが、お世話になった皆様、特に引率の澤柳先生、佐藤さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。
シドニー大学英語(上級)研修2015_01シドニー大学キャンパス
シドニー大学英語(上級)研修2015_02サーキュラー埠頭
シドニー大学英語(上級)研修 TLP対象
松野舜介(文II・1年)

2016年1月10日、私たちは真冬の日本から夏真っ盛りのシドニーへと渡った。今回のシドニー国際研修の内容としては、シドニー大学英語教育センター(CET)による2週間の英語教育プログラムに参加する、というものであった。平日の午前はCETの講師によるアカデミック・ライティングの授業を受け、午後はシドニーの文化に触れる様々な企画が用意されていた。

まずは午前の授業について詳しく述べる。この授業において、私たちは最終的にエッセーを書くことを課されており、それに向けて様々なスキルを身に着けていく内容の授業であった。東京大学の学生はだいたい5つのクラスに分けられた。それぞれのクラスでは、主に東京大学の学生と中国人の学生が半々でクラスを構成していた。授業中、多様なトピックについてクラス内の小グループでディスカッションする機会が多く設けられた。中国人たちの英語力はとりわけ高いものではないと感じたが、それでも彼らははっきりとした自分なりの考えをもっており、私たち日本人とは違う文化的背景をもった彼らと意見を交換することはたいへん有意義であった。

授業が午前で終わると、午後はゲスト・レクチャーに参加したりシドニー大学のアンバサダーとともにビデオを作成したりと、盛りだくさんな内容であった。実のところを言えば、大概のアクティビティは私にとっては退屈なものであった。しかし、中国人の学生とペアになって、異文化交流について学ぶ講義は興味深かった。というのも、お互いの国の文化や慣習について語り合うことで、中国についてだけでなく、自国である日本についてもその特質を浮き彫りにすることができたからだ。

授業やアクティビティがなかった土日は、シドニー観光に時間を使った。オペラハウスやボンダイビーチ、マンリービーチ、それに加えブルーマウンテンズにまで足を伸ばした。シドニーは中心街を離れれば自然を感じる風景が多く、日頃の疲れを癒すことができた。

総じて、今回の国際研修は有意義で楽しいものであった。この研修を支えてくれた澤柳先生と佐藤さん、ともにプログラムに参加した東京大学の学生たち、そして現地の先生方のおかげである。これからもこの国際研修がより良いものに発展していくことを願っている。
シドニー大学英語(上級)研修 TLP対象2015_012週間の研修を終了してみんな笑顔
シドニー大学英語(上級)研修 TLP対象2015_02クラスメイトとのディスカッション
UTokyo/ANU Exchange in Tokyo
W.K. (理I・1年)

私たちのグループでは毎日の振り返り活動をとてもよく行っていたと思う。毎日集まり約1時間話し合いを行った。このコースを通じて多くの事を学んだが、その中からいくつかについて述べていきたい。最も印象深かったのは、山においてジェンダーの問題が存在していたということである。私は女性が立ち入ることのできない山が未だにあるということを知らなかった。地元の女性たちがその習慣に従っているということは驚きであった。私にはなぜそうなのかが理解できず、だからこそ興味深く感じたのである。

私はこのコースを通じて、自分自身のスキルや取り組みに関することについて多くを学んだ。東京大学では授業中に先生に質問をすることは通常はあまりない。しかし、このプログラムでは、私たちは先生へ質問するように促され、それぞれのセッションでは多くの質問が投げかけられた。この体験はとても新鮮で、私も質問をしたり議論に加わったりすることができた。この素晴らしい体験を通して、私の授業に向ける姿勢がより積極的なものへと変化した。

5グループに分かれて授業が進められたこともよかった。グループ分けによって、私たちは他の学生と交流することができた。授業のあとの自由時間をともに過ごしたり、またグループのメンバーと話し合ったりしたことは本当に意味のあるものであった。私はANUの学生とコミュニケーションをとり、それは自分自身の英語のスキルを高めるためにも大変有意義なものとなった。

最後に、最も重要だと思ったのは、このプログラムが東京でも行われたため、私はANUにおいてとても楽しめ、まったく遠慮することなく過ごすことができたということである。オーストラリアでは初日から多くのことを体験できた。また、オーストラリアではグループ活動がなかったけれども、滞在中はANUの学生たちと常に過ごすことができた点もよい経験であった。
UTokyo2015_01授業の間にみんな笑顔
UTokyo2015_02いい天気でした!
UTokyo/ANU Exchange in Canberra/Kioloa, E.U.
(文I・1年)

外国に行ってただ英語を習得するだけでなく、講義やフィールドトリップを通して英語で学ぶことができる点に興味を持ち、参加を決めました。コースの内容は美術から環境問題と多岐にわたり、大学で学んだことのない学問分野に触れることができました。また、ANUの学生と一日のほぼすべての時間をともに過ごすことによって、考え方や習慣、文化が違う学生とどのように仲良くなり良い関係を保つかということを自分なりに考え実行することができたと思います。このコースで何を達成したいかを少しでも意識して参加すれば、必ず自分のためになる経験を積むことができると感じました。困ったことや自分で考えてもわからないことを相談できるTAさんや優しい先生方のおかげで、有意義な数週間を過ごすことができました。
UTokyo_EU2015_01National Gallery of Australiaでのセミナー
UTokyo_EU2015_02アボリジニ保護地区でのフィールドワーク

トルクメニスタン

平和のために東大生ができること:トルクメニスタン研修
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Sセメスター

中国

イタリア

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「イタリア語・イタリア文化 海外研修」報告
吉村裕輝(文I・2年)

2015年8月、私を含めた東京大学の学生16名はイタリアへと向かった。私たちは、教養学部で開講された主題科目、「国際研修」のイタリア語イタリア文化海外研修に参加した。私がこれに加わりたいと思った理由は二つある。まず、第二外国語として選択したイタリア語が、一年半の勉強を通じてどれほど使いこなせるようになったのか、知りたかった。そして、自分が未だかつて海外へ渡ったことが無いことに妙な焦りを覚え、どこか外国へ、できれば言葉が片言なりとも通じる国へ行くことに憧れを抱いていた。

イタリアでは、言語を学ぶのみならず、他の文化を直接体験することで、自らの視野をより広く、より国際的なものとすることができた。このような機会が得られたことに感謝しつつ、現地で学習していて感じたことや、現地で訪れた様々な場所について報告する。

イタリアは全体で三つの部分に分けられている。北部、中部、南部である。そして中部といわれる各州のうち、中央に位置するのがウンブリア州であり、その州都が、今回私たちが生活したペルージャである。

私たちは一か月の間、ペルージャ外国人大学(写真)へ通った。入学者は授業を受け始める前にテストを受け、その結果によって6つのクラスに分けられる。私の場合、上から三番目のクラス、B2に相当すると認められた。もっとも、本来は筆記と口頭の二本立てのはずのテストが筆記のみしかなく、後で考えるとずいぶん大雑把な分け方だったのではないかと思う。

授業は文法、演習、リスニング、イタリア文化学習の4つに分かれている。このうち演習の授業に関して、私は大変苦労した。演習の授業は毎回先生があるテーマを定め、それについて学生と、もしくは学生間で、討論する形で行われた。この授業で印象的だったのは、皆が(特にヨーロッパ出身の学生が)明確な根拠にもとづいて自分の意見を主張していたことであった。彼らは幼いころから積極的にそのように振る舞うよう、学校などで教育を受けて育っている、と聞いてはいたが、実際に対話してみると彼らの勢いに呑まれ、十分に議論することができなかった。最も悔しかったのは、原子力について話し合ったときである。私は広島出身であり、被爆地出身の者として、また原発事故の当事国の国民として、議論に積極的に参加すべきだという責任感を持っていたので、先生や他の学生に対して努めて意見を述べ、議論をしようとした。しかし、数分もたたぬ間に言葉に詰まりがちになり、結局は「Si.(その通り。)」を繰り返すだけとなってしまった。

今となっては、思うように意見を発信する練習を日本で積んでいれば、と強く後悔する。また、日本での学習のときは、文法を必死になって憶える一方、語彙を増やすことについては後回しにしがちであった。渡航前に一通り、単語集にでも目を通しておけばよかった、とも思う。  さて、現地に行って言語を学ぶということは、大変愉快で興味深いことである。スーパーに行けば、名詞が自分の知っている数倍は覚えられるし、先生や友人、町の人々と話すのは動詞を次々と活用させる絶好の練習機会である。教会の壁に書かれている言葉からは、現代イタリア語へと連なる数百年の言葉の歴史を目の当たりにできるし、サッカー場では日本にあるどのテキストにも載っていない俗語parolacceが飛び交っている。そのように現地で五感を使い「採集」した言葉は、なかなか頭から離れてゆかないものだ。友人と話していて言いたいことが上手く伝わらなかったとき、良くその意を捉えた表現を探し、再び会ったときに使ってみて、相手に笑顔が浮かんだときは本当にうれしかった。逆に、意気揚々とイタリア語で話しかけたにもかかわらず、途中から会話についていけなくなり、結局英語でコミュニケーションする羽目になったときは、たいへん悔しい思いをした。

週末にはペルージア市街、そしてその周辺の様々な場所へ出かけた。ペルージャの歴史は古く、大学の建物のすぐ真横で紀元前3世紀にエトルリア人が建設した巨大な門が威容を誇っている。旧市街には荘厳な教会が数多く残っており、それらを目当てにやってくる観光客も多い。巡礼の聖地として名高いアッシジには、外国人大学側が用意してくれたツアーで行くことができた。私にとって最も思い出深いのは、ペルージャの西にあるトラジメーノ湖(写真)である。様々な事情で一人旅(といっても日帰りだが)をすることになり、数多くのスリリングな体験を経て、自分が少し成長したかな、という実感を持った。紙幅の関係で多くを記せないのが残念である。

最後に、この研修を準備して下さった村松先生、日向先生、澤柳先生、ペルージャ外国人大学のFarinelli先生、そして費用を援助してくれた両親と、この研修を何倍にも楽しくしてくれた日本とイタリア双方の友人たちに感謝の意を表しつつ、筆を置く。
イタリア2015_01
イタリア2015_02
「イタリア語・イタリア文化 海外研修」報告
吉田達見(理 II ・2年)

今回のイタリア研修では語学能力の向上にとどまらず、多くのことを学ぶことができました。普段の生活や課外活動などを通じて、都市や文化の違いについて考える機会を得られ、有意義な研修となりました。加えて今回の研修が私にとって初めての渡航であったこともあり、今後の自分の進路や考え方に大きな影響がもたされたように感じます。

イタリアでいくつかの都市を巡る内に気がついたのは、都市の構造の違いです。大学のあるペルージャはイタリア中部の都市ですが、イタリア中部は山や丘が多いためか都市間は非連続的で家屋がほとんどみられません。さらに多くの都市は麓と頂に二分されていて、麓側は高層建築などもみられる近代的な街並みであるのに対し、頂側は石造りの古い建造物で構成される市街でした。しかしイタリアの北部へ向かうほど、そして都市が大きくなるほどこの傾向は消えていき、都市の境界は次第に曖昧になっていきます。北部の都市ボローニャではまだ旧城壁の内外で建造物の住み分けがされており、高層建築や大型公園などは城壁外に配置され、内部は昔ながらの景観を維持していましたが、北部の大都市であるミラノになると、建造物の形や色に統一感があまりみられず、城壁の内外の区別もほとんどつきませんでした。また国籍も都市の地理および規模とともに多種多様さを増していきました。

ところでグローバル化という言葉は現在の世界における重要な言葉を持ちますが、果たしてそれは容易に受け入れていいものなのでしょうか。グローバル化に合わせて人種、文化、思想などあらゆる点で社会間の融合が進み、そして融合の衝撃は社会という複雑系システムの中に不安定性を与えると思われます。上で述べた都市の変化も同様で、国籍などの異なる社会との交流が多い大都市ほど歪で統一感の無い印象を受けたのは、それほどその都市の輪郭とでも言うべき境界が変化しつつあるからではないでしょうか。

大学のような国際的な環境に所属する私たちは、無意識のうちにグローバル化に肯定的な立場になってしまいがちです。しかし批判的な視点を常にもつ姿勢が、グローバル的な視点が重要な今こそ意識するべきだと感じました。その上で言語を学ぶ、留学するなどの手段を通じて共有する要素を増やしていくことは、単なる理解ではなく人々の共鳴につながり、集団の融化および安定化を促進するでしょう。今回のような研修は異社会へと深く接触する貴重な機会であり、これからも多くの方が積極的に参加することを願っています。

ドイツ

EUの現状と課題 ――地域統合についてEUから学べること――
※大学のeccsアカウントからログインをしてください。
R. S. (文III・1年)

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ギリシャ・フランス

学問としての「オリンピック」
参加者14名による共同執筆

私たちが履修した国際研修科目「学問としての『オリンピック』」は、駒場キャンパスでの事前講義とギリシャとフランスでの海外研修のふたつの部分から構成されていました。

事前講義では、古代オリンピックの実態、オリンピックの哲学的考察、オリンピックを題材としたギリシャ芸術、オリンピック競技の動作分析、近代におけるオリピックの「復興」と展開について専門の先生からの講義を受けました。これらの講義から得た学問的な知見によって、これまで漠然とテレビで観戦していたオリンピックに対する私たちの見方が大きく変わりました。単なる国際的なスポーツの祭典の背後にある知の営みの一端を学ぶことができたからです。

8月30日から9月9日まで、私たちはギリシャとフランスでの研修に臨みました。ギリシャでは、アテネ大学の先生の講義を聴講したのち、オリンピック関連の様々な場所を訪れました。古代オリンピックが開催され、今日ではオリンピック開催ごとに採火式が行なわれるペロポネソス半島のオリンピアの遺跡では、古代の競技場で実際に徒競走をしました。マラソン伝説の発祥となったマラソンも訪問しました。アテネでは第1回近代オリンピック大会が開催された競技場に行き、ここでもまた徒競走をしました。アテネ大学などのギリシャの大学生との討論交流会も楽しく実りあるひとときでした。

在アテネ日本大使館の西林万寿夫大使のご好意により、大使公邸でのギリシャのオリンピック関係者との夕食懇談会に招待されました。ギリシアオリンピック委員会委員長カプラロス氏や、1964年の東京オリンピック開催時、オリンピアからの最初の聖火ランナーで旗手を務めたマルセロス氏とお話しするというとても幸運な機会に恵まれました。

フランスでは、ルーヴル美術館を訪れ、実際のギリシャ彫刻を鑑賞しました。講義でさまざまな写真を見ていましたが、実際の彫刻からうける迫力は強烈で、思わず息をのみました。オリンピックは開催国の文化の発露の場でもあるという視点から、2020年の東京オリンピック開催を見据えて、INALCO (フランス国立東洋言語文化研究所)の学生とは、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』と日本のポップカルチャーを題材にして、日本の伝統文化と今日の文化の共存のあり方について討論しました。フランス人学生が、日本文化に対して非常に深い理解と親しみを持っていることに驚き、うれしく思いました。

この授業を履修して、多くのことを学びました。駒場キャンパスでの講義とギリシャ・フランスでの現地での体験を通して、オリンピックを教養としての知の文脈の中に位置づける視点を、自分たちなりに獲得できました。オリンピックとは直接関係がありませんが、何がグローバルな人材に必要かも学びました。ギリシャとフランスで、現地の言葉を少しでも話すことで、現地の人たちは非常に親しい態度で接してくれました。英語だけ話していたらただの外国人扱いで終わってしまいますが、現地の言葉であいさつするだけで、現地の人たちは心を開いてくれるのです。グローバル化とは英語化であってはならないと実感しました。それぞれの国の言語とそれを支える文化を尊重する姿勢を私たちは忘れるべきではありません。外国人と交流する際に最も重要なのは、自分の意見をしっかり持つことだということも学びました。そのためには、大学生活を通して、基本的な知識と教養を身につけることが本当に大切なのだと感じました。すべての科類の学生が、一緒にこの授業に参加できたことで、物事に対するそれぞれの異なる見方がよいかたちで影響しあい、お互いを知的に刺激できたこともとてもよかったと思います。

この授業に携わってくださった先生方、特に、授業も引率も担当してくださった澤柳先生、ギリシャとフランスで出会ったたくさんの人たちへのお礼の言葉で、私たちの報告を終わりにします。 ありがとうございます。 Ευχαριστώ πάρα πολύ. Merci beaucoup.
飯田大雅(理I・1年)北岡佑太(文I・1年)三枝弘幸(文III・2年) 佐々木奈乃子(文III・1年)佐藤拓哉(理II・2年)田中祐奈(文II・1年) 内藤祥平(理I・1年)野田隆(文I・1年)長谷川璃星(理II・1年) 三浦崇寛(理I・1年)森昌史(理III・1年)保井龍太郎(文III・1年) 横井敦(文II・2年)渡邉春香(文III・1年)
ギリシャ2015_01_2古代オリンピアの競技場で徒競走
ギリシャ2015_02_2INALCOの学生との討論交流会
ギリシャ2015_03_2在アテネ日本大使館西林大使公邸での夕食懇親会